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『けものフレンズ』7話から見る火と調理の神話学

1.はじめに

最近ネットでけものフレンズというアニメが流行っている。私もDアニメストアで視聴しているが、ユーモラスで可愛いキャラ、そのキャラ同士のやりとり、ほのぼのした(それでいてポストアポカリプスを匂わせる)世界観…いいところを上げればキリがないのだが、ともかくハマっている。そして、先日視聴した7話では料理がテーマの回でそ、の中で火の扱いが出てきた。この描写に私は深く感動し、その感動と解説をここに書き記すものである(大袈裟)。

2.火の意味するところ

まず火なるものの意味を考えたい。たいていの文化圏では火の神話が存在する。古代ギリシャにおいて火はプロメテウスが天から盗んだ火である。北米インディアンのダコタ族では最初の火は太陽であり、原始の闇にいた神々が太陽に火をつけたのだという。クック諸島では、マウイ神が地中深くに降りて火を齎した。オーストラリアのある原住民は、神聖なるトーテムの動物のペニスに火が隠されているのを見つけた。

つまり、火とは神や聖なるものからもたらされるものなのである。神話学では「誰にでもその人だけのプロメテウスがいる」という格言があるくらいのように、火とは恩寵的なものである。このように火は一種神聖なものであると同時に、貴重なものである。神話学者であるフレイザーはこのように言う。

ヴィクトリアの原住民族のいくつかは、一つの伝承をもっている。――火はできるだけ用心して使われなければならないが、それはグランピア山脈に住むカラスに独占されていた。そして、カラスは、火を非常に貴重なものに思っていたので、ほかの動物は、それを手に入れることが許されなかった。しかし、ユーロイン・キーアという一羽の小鳥――火の尾をもったミソサザイ――は、カラスがつけ木を振りまわして楽しんでいるのを見て、その一つをくちばしにくわえて逃げた。タラクックという一羽のタカが、ミソサザイからそのつけ木をとりあげ、国のあちこちに火をつけた。その時以来、火は常に、燃えつづけており、その火から、人間はあかりを得ている。*1

このように火は非常に大事なもので、神話には「火を盗む」というストーリーが数多く有る。具体例をあげればヴィクトリアの最南東部にあるギプスランドの神話などであるが、とにかく火は貴重であり、独占するほどの大事なものであり、神から与えられ、そして人の持つ火はその独占する何者からか奪取したものである。加えて、独占していたとされる動物は引用した事例のようにカラス、ミソサザイや雀など鳥類が多いのである。

では7話ではどうだったであろうか。サーバルちゃんは「火ってみつかった?」とかばんちゃんに尋ねる。「教授」と「助手」のミミズクたちは「火はおいそれと渡せない」という。つまりけものフレンズの世界において火は「探す」もの、「授けられるもの」であり、それを独占するのがミミズク=鳥たちなのである。これは神話における火を独占する鳥たちの構図をそのまま描いている。加えて、サーバルちゃんが火を探したように、けものフレンズ世界では火とは「着ける」ものではなく「既に授けられたものを使う」のであり、これは神からもたらされた火を使う(神話における)人類と同様である。彼女らにとって火は神のような存在から齎される神聖なものであり、自ら着火するという概念がないのである。「(彼らにとって)火はとても神聖なものだから、自分で起こすことなど考えられない」*2のである。実際、タスマニアアンダマン諸島ニューギニアの部族は火が消えると近くの部族を訪ねていき火を分けてもらう。神聖な火は起こすものではなく、「授かる」ものなのだ。

そして、動物たちは「神」たる自然から齎された火で調理する。

 多くの動物は自然発火の残り火に集まり、焼けて食べられるようになった種や豆を探す。(…)充分な知能を持つ器用な動物にとっては、焼き尽くされた森林に特有の灰の山や燃え残った倒木の幹は天然のかまどのようなもので、噛み砕けない豆やかたくて噛めない肉を調理できたと思われる。*3

 動物が火を恐れるというのは一種の空想もあるのだが、実際は自然発生した=神からの火を彼らは利用して、食べ物を食べるのに役立てている。

かばんちゃんは火を独占するという意地悪をする鳥(ミミズク)たちから火を奪うのではなく、自ら虫眼鏡を用いて着火することに成功する。

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けものフレンズの中では火を起こしたことでかばんちゃんは神話における神と同一の地位にまで上り詰めた。神話においては、動物が独占する火を奪ったり、神から齎されるものであるが、かばんちゃんは自ら火をおこし、「ヒト」としての器用さを見せると同時に、神話的構造に組み込まれたのである。けものフレンズ世界において、かばんちゃんの立ち位置は神話における神々と同様の位置であるのだ。

まとめると、火とは神話において神々や聖なるものから齎される恩寵であった。そしてそれらはしばしば一部の動物たちに独占されていた。それを奪うことで人類は火を手に入れた。神聖な火を自分で起こすなどフレンズは考えられなかった。一方かばんちゃんは鳥たちが独占する火を奪うのではなく、自ら火をつけることで自分自身が神話構造における神や聖なるものの地位まで上り詰めたのと同時に、火を利用する人間としての叡智を見せつけたのであった。かばんちゃんはけものフレンズの世界では神でもあり人でもある。この構造を丹念に描いたけものフレンズ7話は非常に興味深い回であった。

3.調理の意味するところ

先に述べたように動物も自然発生した火を用いて一種の調理をする。しかし、「煮る」行為をするのは人間だけである。そしてうまく火を自由自在に使いこなせるのも人間だけである。

かばんちゃんはカレーを製作していたが、その材料にじゃがいもも存在した。じゃがいも=デンプンの調理は、調理の本質をよく物語っている。デンプンは有史以来ほとんどの時代で人類のエネルギー源であったが加熱調理しないと効率が悪い。加熱すると、デンプンは糖に分解される。じゃがいもを煮るというデンプンの調理は素朴なものに見えて、人類における叡智たる科学的歴史の一分野を飾っているのである。

火はこのようにヒトの持つ叡智を語るのと同時に、社会的なものである。火は原始的な道具では起こすのが大変なので、一度起こした火は大事に保管される(まさしく聖火のように)。このために人は火の番を交代にするようになった。また火には社会的磁力が有る。火は食事をするために必要なので、必然的に人間は決まった時間に決まった場所で(=火の周りで)食事をするようになった。「(火を獲得する前は)集団で食事をする理由はほとんどなかったと考えていいだろう。集めた食べ物はその場で食べることもできたし、隠しておいて好きなときに食べることもできただろう。」*4火は火の周りに共同体を作り上げる機能を齎した。火=調理を中心に人は生活するのである。火による調理は食べ物の価値を押し上げ、食事は犠牲の共有、親睦、儀式の場となった。Focus(フォーカス、中心)という言葉のもともとの意味は「炉」である。人は炉の周りに集うようになったのだ。

 

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焚き火を囲む人々

peoplesstorm.hatenablog.com

 また、上記に上げた記事で述べる通り、火を用いて発展した食事は食の魔術を生み出した。多くの食べ物は火と結びつき魔術的意味を持った。ガストン・パシュラールはこう回想する。

火は、自然の存在というよりも社会的な存在だ。私は火を食べた。その黄金色を食べ、香りを食べ、ぱちぱちするその音さえも食べていた。(…)火はその人間性を証明する。火はただ焼くだけではなく、ビスケットをさくさくとした食感にし、黄金色にする。火は人間の祝い事に具体的な形を与える。

火と調理は密接に結びついている。 火をうまく扱えるのは人間だけである。調理という集団で行う社会活動は人の特徴である─実際かばんちゃんはサーバルちゃんと共同して調理をした。劇中、鳥たちは調理をかばんちゃんにせがんだ。当たり前であろう、調理とその付随する多くの意味をうまくこなせるのは人の特権なのだ。レヴィ=ストロースは調理には「容器、つまり文化的なものを使う必要がある」と考えた。鍋一つにとっても人間特有の調理の証であり、それは文化的なものなのである。

ここまでを約言すると、火を調理に結びつけてうまく扱えるのは人間だけである。調理は科学的でもあり、また魔術的な意味までを持つ。調理は文化的なものであり、人間の証明でもある。鳥たちがかばんちゃんに調理をお願いしたのも無理がない。調理とは人間性の極限の発露でもあるのだ。

4.おわりに

火と調理という究極的に人間的なものを描いたけものフレンズ7話は傑作であった。かばんちゃんは火を自ら起こし、神となるのと同時に人間であることを証明した。また調理という科学及び文化活動を通して、人間的なものとはいかなるべきかを視聴者に刻みつけた。けものフレンズ7話はこの意味で歴史に残る名作となるであろう。

けものフレンズをまだ見てない皆さんはこちらをどうぞ

 

 

5.参考文献

・J.G.フレイザー著『火の起源の神話』

・フェリペ・フェルナンデス=アルメスト『食べる人類誌』

*1:J.G.フレイザー著『火の起源の神話』

*2:フェリペ・フェルナンデス=アルメスト『食べる人類誌』

*3:同上

*4:同上