VKsturm’s blog

Twitterの@Kohler_volntの長文用

現代の菜食主義の根源─肉食は悪!とする主張について

 

1.はじめに

最近、ネット上でにわかにベジタリアニズムやヴィーガニズム*1についての話題が盛り上がっている。例を上げれば下記のまとめがあろう。このまとめでは猫にまで菜食主義を強要することが非難の的になっていた。

togetter.com

「肉食禁止」という言葉を聞くと人々は古典的な宗教のタブーを思い出すだろう。しかし現在の─西洋的な─菜食主義(それがベジタリアンであれヴィーガンであれ)の根底は実は近代に入ってからのものなのである。この記事では簡潔にこれを書いていきたい。

 

2.食の魔術性

 食に対する問題を論じる前に「食の魔術性」について述べる必要がある。これはフェリペ・フェルナンデス=アルメストが詳しく論じているが、要するに食事をする際に栄養摂取以上の意味を食に見出すことである。日本で言えば戦国武将たちが勝ち栗や打ち鮑などで験担ぎをしていたのを思い出すことができるだろう。食に栄養摂取以上の意味を求めることは世界中で行われており、何かの儀式の際の食事などで普遍的に見ることができる。食事に自己の変容、力の獲得、品行を良くする、縁起を良くする、身体を清浄にする…これらの意味を我々は求めている。この思想が極限に達したのが、現代の「健康食品」であり、効果不明な水素水や効果不明な薬草を溶いたペーストなどが今でも大量に消費されている。これは、明らかに食事に栄養摂取以上の意味を求めている。西洋ではトリュフは性欲を高める(媚薬)というフォークロアがある。マンナやナツメヤシにも媚薬の効果があるとされてきた。ピタゴラスは豆を食べると身体が崩壊すると信じていて豆を食べなかった。このように根拠不明の「食の魔術性」を我々は持ち続けてきたのであり、それが今の健康食品にもつながっている。

 また、食はアイデンティティにもなっている。「米を食べるのは日本人の特徴」「日本人は米を食う」などの文脈で語られる米は明らかにアイデンティティの一部をになっている。菜食主義も「私は菜食主義であり、他の人とは違う」というアイデンティティ形成の一部分になっているのは間違いない。またこれらの食は味方と敵を分ける作用にもなる。戦時中、パンは敵性食とされた地域があるが、これはパン=西洋=敵という図式であり、これはまた米=日本=味方という作用が含まれている。

 食の魔術性は栄養学的にも根拠不明なものが多いが、次第に洗練化された。有名なのが壊血病と新鮮や野菜・果実の関係である。フェリペによると「壊血病の治療に成功したことで、食べ物の役割を見直して、単に栄養を与えるものというだけでなく、治療効果のあるものという位置づけに格上げしてもいいのではないかという考えが強まった。食べ物による健康が探求され始めると、新興の科学が永遠の宗教と出会うことになった」とのことである。食べ物による健康は、エセ科学であると同時に神秘主義的でもあった。古代の学者たちは、根拠不明にある物を食べると精神が汚れるなどと言ったが、身体の影響は精神への影響という理論を振りかざして、新たな食の魔術を説くものたちが現れたということだ。ここで菜食主義が再び登場することになる。

 

3.菜食主義の再誕

 フェリペは前提として「夢物語の世界を除けば、菜食主義が社会全体あるいは宗教の伝統全体に浸透したのは、宗教的制裁によってうながされるタブーの体系の一部にすぎなかった」としている。現代の菜食主義とは違うのである。

 現代の菜食主義運動は、その起源を18世紀末に求めることができる。その着想の根源の一つは古代ギリシャ・ローマ時代と中世につくられた菜食主義を訴える小冊子の積もり積もった影響が、次第に活発になる出版業によって広まり、その結果18世紀と19世紀のヨーロッパで菜食主義の作家の作品が次々と出版されるようになっていったのである。新しい菜食主義を提唱した人の多くは、現実主義者ではなかった。ジョン・オズワルドは自ら改宗しヒンドゥー教徒になった後、『自然の叫び』(1791年)を出版。動物の領域を侵してはならぬと主張した。ジョージ・ニコルソンは肉が「堕落の時代」の象徴だと主張した。

 初期の頃の菜食主義の信奉者たちは、食べ物は人格を養うと信じていた。イギリスの菜食主義の最初の聖典の一つである『道徳的義務として動物性食品を食べないことについての小論』(1802年)のなかで、ジョセフ・リットリトンは肉を食べる人は怒りっぽくて残忍で気難しいと主張した。この聖典の信奉者達は戦争、奴隷制度、あらゆる負の側面は肉食から来ていると盛んに述べ立てた。ツイッターヴィーガンの中には未だにこれを信奉している者もいるが、それはさておき、菜食主義は道徳分野の中では一画を占めることはできなかった。19世紀には伝統的な宗教(肉食を許可する)と張り合っていたのだから無理だった。だが善行を売ることは無理でも、健康を売ることはできた。

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ジョセフ・リットリトン著『An essay on abstinence from animal food, as a moral duty(道徳的義務として動物性食品を食べないことについての小論)』復刻版

 道徳と市場性が結びついたのは、1830年代に聖職者シルベスター・グレアムが全粒粉ブームを興したときだった。グレアムは肉を食べる人は横暴で気性が激しく、短気であるという前時代の菜食主義戦士の主張に同意するとともに、セックスを菜食主義と結びつけ、性的逸脱行為は肉食によって起こるのだから、肉食と最も無縁な全粒粉を食べるように指導した。またグレアムは当時進展していた工業主義に反対する田園主義─「鋤に帰る」─ことを主張した。この菜食主義と反セックス、そして反工業主義は多くの時代精神に訴えることに成功した。グレアムの信奉者らが作った製品のなかには「グラニューラ」と名付けられた朝食用シリアルもあった。

 グレアムの信奉者らの勢いは凄まじいものだった。熱狂的に低たんぱく食を勧める人たちである。彼らの素朴な、それでいてまちがいだらけの哲学は科学を駆逐し、一世紀に渡って栄養に関する思想の主流を占めることになる。1890年代にはグレアムの信奉者たちと、それにあやかったイカサマ師たちがシリアル食品の利権を巡って争った。有名な「ケロッグ」のJ.H.ケロッグの最初のシリアルは丸パクリの「グラニューラ」という名前だった。彼は肉を食べると数億個の細菌が結腸に入ると考え、なんとかその退治をしたいと思っていた。考えられる方法はヨーグルトで撲滅するか、食物繊維で排出するかだった。最終的にこの誤りだらけの主張で生産された「ケロッグ」は朝食用シリアルの頂点に立つことになった。

 菜食主義は次第に「哲学」から「エセ科学」としての側面を強めていった。意味不明な「一見科学的だがよく考えると非科学的理論」を盾に菜食主義は世界を席巻した。そしてエセ科学と結びついた「現代的菜食主義」は今に至っている。

 菜食主義達が科学を振りかざして言うように、心臓病の発生率は脂肪の消費量が多い文化ほど高い。しかしエスキモーの食事は100%肉と魚であり、そのほとんどは脂肪である。ブッシュマンやピグミーの食事の三分の一が脂身の肉である。にも関わらず彼らの血圧やコレステロール値、心臓病発生率は正常の範囲である。マーヴィン・ハリスも肉食に関する科学的データの杜撰さに苦言を呈しており、「肉食が原因」というゴールが決まった上で取られたデータであると述べている。「現代の健康ブームが生み出した先入観は、科学的であると同時に─おそらくは科学的というよりも─社会的なものである。そうした先入観がアイデンティティの輪郭をつくり、共通の信条となっている」。

 「食べものにまつわる強迫観念は文化の歴史のうねりであり、現代病であって、どんな健康食品でも治すことはできない」。フェリペが言うように、我々が食に関して「魔術性」を意識する限り、あらゆる食に関する問題は本質的には解決しない。食には馬の合う人を結びつけ、絆を強くし、またタブーを無視するものを排斥する…つまり敵と味方に分別する作用を持つ。我々が菜食主義者にいくら彼らの行いは非科学的だと述べ立てても溝が深まるだけである。我々が分かり合える日はおそらく…来ないであろう。

 

4.まとめ

 現代の菜食主義ブームは近代的なものであり、古典的な宗教タブーとは違うものである。それ自体が「新興宗教」の衣を被っていても、だ。ツイッターなどを見ていると、未だにジョセフ・リットリトンのような菜食主義者の伝統が受け継がれているのをみると驚くばかりである。彼らの大半はこれらの菜食主義の流れを理解せずに、「スピリチュアル」にハマった人たちであろうが、彼らがそれでも18世紀末からの菜食主義の流れを受け継いでいることには感動を覚えるのである。しかし、忘れてはならない。我々も食の魔術性の中に生きていることを。

 

参考文献

・フェリペ・フェルナンデス=アルメスト著『食べる人類誌』

マーヴィン・ハリス著『食と文化の謎』

・キトレイカ著『食の冒険』

 

 

*1:ベジタリアニズムは菜食主義を、ヴィーガニズムは動物の殺生禁止を説くが両者が肉食を避けることは同様である