VKsturm’s blog

Twitterの@teslamk2t の長文用

本当に男性には犯罪者が多いのか?─アメリカ司法省の統計より

ツイッターを見ていたら、ほぼ毎日のことであるが男性は犯罪者だ(犯罪者になる人が多い)!/いやそうじゃない!と、男女による激しい対立が行われていた。では実際に男性はどうなのか。手元にちょうどよい本(『あなたの知らない脳 意識は傍観者である』)があったのでその本の内容を簡潔に紹介したい。

 

以下その本の引用である。

「あなたがどんな人間になる可能性があるかは、幼少期よりもずっと前、胎児のときに始まっている。もしあなたがある特定の遺伝子セットをもっていたら、凶悪犯になる可能性が882%も上昇するのだ。ここにアメリカ司法省が出している統計を、2つのグループに分けたものがある。この特定の遺伝子セットをもっている集団ともっていない集団の犯罪件数の比較である。

・その遺伝子をもつ

加重暴行:3,419,000件

殺人:141,96件

強盗:2,051,000件

強姦442,000件

・その遺伝子をもたない

加重暴行43,500件

殺人:1,468件

強盗157,000件

強盗10,000件

 

言い換えると、もしあなたがこの遺伝子をもっていたら、加重暴行を犯す可能性は8倍、殺人を犯す可能性は10倍、強盗を犯す可能性は13倍、そして強姦を起こす可能性は44倍高くなるのだ。

人間のおよそ半分がこの遺伝子をもっていて、残りの半分はもっていないので、もっている半分のほうがはるかに危険である。比べ物にならない。囚人の圧倒的多数がこの遺伝子をもっていて、死刑囚の98.4%がもっている。もっている人はちがうタイプの行動をとる傾向が強いことは明らかなようだ─そしてこの統計だけでも、動因や行動について言えば、誰もが平等なものを身につけてゲームに参加しているとは見なせないことがわかる。(…)

ところで、例の危険な遺伝子セットのことだが、あなたも聞き覚えがあるだろう。それはまとめてY染色体と呼ばれ、それをもっている人は男性と呼ばれる。

 

要するに、男性は女性より犯罪を起こしやすいのは(少なくともアメリカにおいては)事実なのである。その差は先に上げたように数十倍にもなっている。ツイッターにおける「男性は犯罪者論」は正直データに則って語っているようには見えないが、客観的事実としてアメリカでは男性の方が犯罪者が多いのは確かである。

もちろん、この統計だけを見て、男性は全員犯罪者だ!とは言えない。傾向があるだけだ。善良な男性はたくさんいるし、そもそも女性の方だって犯罪を犯しているのは先に引用した文章のとおりである。しかしながら、議論の何らかの手助けになると思い、このような記事(記事というより引用文であるが)を書いてみた次第である。

最後になるが、この『あなたの知らない脳』はとても面白い本なのでぜひ読んでもらいたい。我々の意識が如何に脳の活動の一部にすぎないかが明瞭に語られる。とても楽しくなる本であった。

 

参考文献:

デヴィッド・イーグルマン著『あなたの知らない脳 意識は傍観者である』

 

 

 

 

なぜネットで「在日認定」が行われるのか─ステレオタイプ論と群衆心理から

 1.はじめに

2018年現在、ネット内では現在右翼と左翼が活発に戦っている。ツイッターや5chを見たことがある方は経験した、あるいは目にしたことがあると思われる。そんな中、右翼側の「一部」が国内で何か事件が起こるたびに根拠なく犯人を在日韓国・朝鮮人と認定する行為(在日認定)がたくさん見られる。この記事では在日認定がなぜ行われるかを考えていきたい。繰り返すがあくまで右派の「一部」が行っている行為であり、右派全員がこのような差別的言動を行っているわけではないとご了承願いたい

 

2.「在日」というステレオタイプ─W.リップマンの『世論』から

初めに結論を言うと在日認定は一種のステレオタイプの「防御」である。ステレオタイプに関しては政治学者・社会学者のW.リップマンが著書『世論』で解き明かしているのでそれを元に論及していきたいと思う。ステレオタイプとは、北海道大学教授の山口二郎の言葉を引用すると

様々な情報が氾濫する今日、人はメディアを通してしか事物を知ることはできない。そして、普通の市民は事物について多様な情報を吟味し、正しく事物を知るだけの余裕を持たない。メディアが伝えるイメージが固定化し、人は思考を省略してそのようなイメージに基づいて認識、判断を行うようになる。そのような固定化されたイメージをステレオタイプと呼ぶ。

とのことである。

この固定化されたイメージ=ステレオタイプは誰にでも持っているものであり、特段に右翼が〜とか左翼が〜とかの話ではない。例えば台湾は親日である、というのもステレオタイプの一つである。台湾人の中にも日本の支配を憎んでいた人もいる。日本のゲームはグラフィックが劣る、というのもこれもまたステレオタイプである。大金をかけて作られた美麗なグラフィックのゲームも存在するからである。

では、なぜステレオタイプは生まれるのだろうか。リップマンは『世論』でこう説明する。

われわれは一定の観念を通して外界の光景を観察する。当然、このような観念と外界の光景を結びつける何かがある。例えば、急進派の会合には長髪の男性や断髪の女性が一部いるとするというような場合である。しかし、時間に追われる観測者には、観念と外界にほんの少し関連があれば充分である。こうした会合には断髪を好む人達が集まるということを予め知っている記者にとっては、断髪が二人、ひげ面が四人もいれば、断髪とひげの聴衆だったと報告するだろう。

このような事情には経済性という問題が絡んでくる。あらゆる物事を類型や一般性としてでなく、新鮮な目で細部まで見ようとすれば非常に骨が折れる。まして諸事に忙殺されていればなおさらであるし、現代社会は多忙を極めている。このリップマンのあげた例によれば、急進派の会合における観測者は僅かな事例(断髪とひげ面)をもって、全体を把握しようとした。例外的な事例を元に全体を捉えるのは「思考」という労力の節約になる。もし細部まで捉えようと思えば観測者の思考の労力は極限にまで達し、その思考のために長い時間も要する。しかしリップマンが言うように現代社会はそんな時間もないし、労力を傾ける余裕もない。そこで、ステレオタイプを使うのである。

もう一つ例をあげよう。国内である事件が起きた際に、被害者や犯人のことをイチから知ろうと思えばその労力は大変なものになる。そのときに我々は自分のよく知っている類型を指し示す特徴を現実世界から見つけ出し、ステレオタイプを使って、現実世界を理解するのである。そう、「犯人は在日だ」というように。この論理には、実際に在日韓国・朝鮮人が犯罪を犯したという過去の実例も使われる。つまり、先のリップマンの引用によれば、過去に在日韓国・朝鮮人が犯罪を犯した、という事例を用いて、在日=全員犯罪者と拡大解釈してるのである。詳しくはこちらの記事も参考にしてほしい。

peoplesstorm.hatenablog.com

更にリップマンはこうも述べる。

ステレオタイプの体系は、秩序正しい、ともかく矛盾のない世界像であり、われわれの習慣、趣味、能力、慰め、希望はそれに適応してきた。それはこの世界を完全に描ききってはいないかもしれないが、一つのありうる世界を描いておりわれわれはそれに順応している。そうした世界では、人も物も納得の行く場所を占め、期待通りのことをする。この世界にいれば心安んじ、違和感がない。(…)こうした状態であるから。ちょっとでもステレオタイプに混乱が生じると、宇宙の基盤が襲撃されたように思えるのも不思議な事ではない。

現実の社会は非常に騒々しいものだ。毎日何らかの重大な事件が起きる。交通事故の死亡者数を見ると、我々は交通事故で今日死ぬかもわからない。だがそんなことを考えもせず平穏に一日を送れるのはステレオタイプのおかげなのである。この場合のステレオタイプとは「日本は安全な国だ、私は犯罪にあわない、まさか交通事故で死ぬなんてありえない云々」というものである。このステレオタイプのおかげで我々は「寝ているときにいつ強盗に襲われるか」とか「いつ後ろを歩いている通行人に刺殺されるか」などを気にしなくても生きていけるのである。一部の右翼による在日認定はまさにこれに依拠している。彼らの思い描く日本には「絶対的に正しい国だ、安全な国だ、日本人は他民族(特に朝鮮人)より優れているからそんな凶悪な犯罪事件などを起こすことはない。」というステレオタイプがある。そんな彼らにとって日本国内で日本人による犯罪が起きるのは不都合なことである。ステレオタイプに反するものだからだ。そうしたときに現れるのが犯人の在日認定なのである。つまり、在日韓国・朝鮮人を犯人とすることで、先に述べた日本という国に対しての己のステレオタイプを「防御」するのである。そうさえすれば、彼らは自分の思い描く「日本」というイメージを壊さずに済み、安寧に暮らしていける。

さて、リップマンによれば、もし現実の経験がステレオタイプと矛盾するときは、2つのうちいずれかが起こるという。一つには自分のもっているステレオタイプを再編成するのがきわめて不都合な場合、その矛先を「例外」であると鼻であしらい、証人を疑い、どこかに欠陥を見つけ、その矛盾を忘れようとする。もう一つには、新しい経験を柔軟に脳に取り組み、ステレオタイプの再編成を図る。例えばツイッターなどでは「元ネトウヨです。在日認定などはもうしません」という方もたくさんいるし、私も中学生の時は過激なネトウヨであった。このような人たちは後者のステレオタイプの再編成を図った者たちである。一方、在日認定をする者たちは前者であり、彼らは事件の犯人が日本人だったとしても「それは例外である」として彼らのステレオタイプは「防御」されるのである。このステレオタイプの防御は日本の右翼だけが用いるのではない。アメリカの白人至上主義者たちは事件が起こると、犯人は確かに見た目は白人だが黒人の血を引いているに「違いない」と言って、彼らのステレオタイプ=白人は優秀で犯罪も犯さない、を守ろうとするのである。世界中のあらゆる人達がそれぞれのステレオタイプをもって日常生活を送っている。韓国人の中にも日本も含めた世界の優れた人物は実は朝鮮民族の血を引いている、と唱える集団がいる。これも韓国人=優秀というステレオタイプを用いているのだろう。

もし我々がある物事を真実であるはずだと信じているならば、それが真実であるという例証か、でなれければ真実にきまっていると思っている人間をほとんどかならず見つけ出す。また、具体的な真実がある希望を意味しているときは、この真実を正当に評価することは極めて難しい。在日韓国・朝鮮人=犯罪者という「真実」を捉える者がその例証を見出し、同じように真実だと思っている人をツイッターで見出すのは実に容易い。右翼同士のコミュニティで在日韓国・朝鮮人=犯罪者という「真実」は彼らのやりとりの中で徐々に増幅され、いつしか決定的な真実として扱われるのである。『世論』ではこう述べられている。

一つのことを激しく憎悪するとき、われわれはそれを原因、あるいは結果として、自分たちが激しく憎んだり恐れたりしているほかのほとんどのものに直ちに結びつけてしまう。そうした物事同士は、天然痘と酒場、相対性理論とボルシェヴィズムがまったく関係がないのと同じように無関係である。それにもかかわらず同じ感情を呼び起こすという点で結び付けられている。

感情次第で何でもが他の何でもと関連付けられる。在日韓国・朝鮮人を憎む者はそのとき、全く関係ない「犯罪者」というイメージを呼び起こす。犯罪者と在日韓国・朝鮮人は全く関係がない。それは犯罪者と日本人が関係ないのと同じである。しかしそれにも関わらず、犯罪者も在日韓国・朝鮮人も悪という感情を呼び起こすからといって、結びつけてしまう。*1リップマン曰く─「真の空間、真の時間、真の数、真の関係、真の重さは失われている。出来事はその展望も面も削り取られて、ステレオタイプのなかで凍結させられている」─と。結局のところ、我々は一切は悪いことばかりの体系、さもなければ善いものばかりの体系の中に織り込まれてしまっている。在日韓国・朝鮮人は全くの悪だと捉える体系、逆に在日朝鮮人は全くの善だと捉える体系。これらの体系から抜け出し、真実の在日韓国・朝鮮人を見るというのは非常に労力を使い困難である。些細な出来事がすぐに全体と結び付けられて真実とされる。

ここまでをまとめると、在日韓国・朝鮮人が特に犯罪を犯すというイメージはステレオタイプである。右翼の一部はこれらの在日=悪というステレオタイプを使い、日本=絶対的に安全かつ優れた国というステレオタイプを守っている(防御している)。ステレオタイプは誰でももっているものであり、現代社会という極めて複雑かつ多忙な社会では必要不可欠なものとなっている。くわえてステレオタイプは人種差別や性差別に使われやすい。しかし、我々はステレオタイプがあるからこそ、色々なことに思考の労力を取られず生きていけるのである。在日朝鮮人が犯罪者という一部の者が信奉する「真実」は、ツイッターや5ch内の同じような意見を持つ者の中で純粋培養され、いつしか(彼らには)絶対的な真実として捉えられる。このような働きの中で、右翼の一部内で在日=悪という彼らにとっての「真実」は永劫不滅のものとして君臨するに至ったのである。もちろん、これらのステレオタイプは「南京事件はなかった」とか「731部隊はでっちあげ」などとしても用いられる。人はみな自らのステレオタイプ─それが良くも悪くも─の中で生きる生物なのである。

 

3.「群衆」としての右翼─ル・ボンの『群衆心理』から

前章ではリップマンのステレオタイプ論から在日認定を説明した。この章ではギュスターヴ・ル・ボンの『群衆心理』から在日認定を説明したい。

群衆とは任意の個人の集合を指していて、その国籍や職業や性別の如何を問わない、また個人の集合する機会の如何を問わない。ル・ボンは言う。

ある一定の状況において、かつこのような状況においてのみ、人間の集団は、それを構成する各個人の性質とは非常に異なる新たな性質を具える。すなわち、意識的な個性が消え失せて、あらゆる個人の感情や観念が同一の方向に向けられるのである。(…)その時この集団は、ほかにもっと適当な言い方がないので、組織された群衆、いや何なら、心理的群衆とでも名付けよう。

更にル・ボンによれば、心理的群衆の示す最も際立った事実は、次のようなことである。すなわち、それを構成する個人の如何を問わず、その生活様式、職業、性格あるいは知力の類似や相違を問わず、単にその個人が群衆になり変わったという事実だけで、その個人に一種の集団精神が与えられるようになる。 

在日認定を行う右翼達は一種の心理的群衆なのではないかと私は考えている。右翼(もちろんこれは左翼などの他の集団も同じであるが)という群衆にあっては、もう自分の行為を意識しなくなる。ある暗示を受けると、それにかられて、抑えがたい性急さで

ある種の行為を遂行しようとする。ル・ボンによれば下記のとおりである。

(群衆は)暗示と感染による感情や観念の同一方向への転換、暗示された観念をただちに行為に移そうとする傾向、これらが群衆中の個人の主要な特性である。群衆の中の個人は、もはや彼自身ではなくて、自分の意志をもって自分を導く力のなくなった一箇の自動人形となる。

つまり、孤立していたときは恐らく教養のある人であったろうが、ツイッターの「◯◯クラスタ」という(インターネット的)群衆にいざ加わってしまうと、ル・ボンが言うように「本能的な人間、従って野蛮人と化してしまうのだ(…)熱狂的な行動や英雄的な行動に出る」のである。言葉や心象(イマージュ)によって動かされやすく、自身の極めて明白な利益をもそこなう行為に扇動されやすくなる。

ツイッターでは人種差別や外国人排斥を公然と唱える者が後を絶たない。これはある面ではインターネットの匿名性によるものだろうが、もう一つの側面にはル・ボンが言うような心理的群衆の効果があるのだと考える。つまるところ、ひとりひとりは温和な市民でも、それが集合して群衆(例えばネトウヨクラスタ、など)になると、数人の指導者(ネトウヨクラスタ内のアルファツイッタラー、または保◯速報のような極右的まとめサイト)に影響されて、外国人を差別したり、在日認定をしたりといったことをするようになるのである。歴史的な事例をあげれば、フランス革命時の熱狂的な群衆があげられるだろう。ひとりひとりはごく平凡な下層市民でも集まれば=群衆となれば、革命を起こす要因の一つまでになった。群衆の特徴は興奮しやすく、推理する力のないこと、判断力および批判精神を欠いていること、感情の誇張的であることなどが『群衆心理』のなかであげられているが、これらはインターネット上でよく見られるものだろう。繰り返すが、このような行動や状況は右翼に限ったものではなく、左翼もそうだし、色々な◯◯クラスタにも大いに当てはまると考えるべきだ。フォローやリツイートといった機能を持ちなおかつ匿名性のあるツイッターというツール自体が群衆を結成させやすいと考えることもできるだろう。

右翼的な群衆の中では在日が事件を起こすという「神話」が流布されている。それ故に事件が起こったときに安易に「あの犯人は実は在日」などと在日認定を行うのであるが、ル・ボンはこのような神話は集合した個人の想像力によって、事件が驚くべき変形を受ける結果としている。極めて単純な事件でも、群衆の目に触れると、たちまち歪められてしまう。群衆を構成するひとびとの気質が多種多様であるから、群衆がその目撃する何らかの事件に対する見方はまちまちであると思うのは早計である。群衆内の「感染」*2の結果、事件を歪めてみるという行為や意識は同じ性質、同じ意味になる。これをル・ボンは「集団的錯覚」と呼んでおり、この集団的錯覚は、正確に物を見る働きが失われ、かつ現実の事象が歪められるのだが、これはインテリにも当てはまる。インテリでさえ専門外のこととなるや、群衆の性質を帯びる、とされる。各自の有する観察と批判精神とが消え失せてしまうのだ。

ここまでを約言すると、インターネットは一種の心理的群衆 を作り出した。ツイッター内などで◯◯クラスタとして集まった者たちはある種の群衆的性格を持っている。今回の記事のテーマの「在日認定」に関しては、集団的錯覚、すなわち右翼の一部のクラスタが集まったり、またはその指導者であるアルファツイッタラー達やまとめサイトが現実の事件を歪めてそれを見て拡散し、群衆の中にそのような見方(在日差別など)=神話を「感染」させる。群衆は興奮しやすく、判断力などを欠いている。これは個人の特性のせいではなく、群衆という集団的なものに帰する。いくら温和なツイッタラーでも「右派」という群衆となれば平然と在日認定を行い、在日韓国・朝鮮人を差別するのである。何度も重ねていうが、この群衆的作用は右翼だけではなく、左翼などのあらゆるクラスタに関係があることである。この点をご理解願いたい。

 

4.終わりに

ツイッターや5ch内の在日認定について2つの点から今回は考察した。1つ目にリップマンのステレオタイプ、2つ目にル・ボンの群衆心理からである。どちらもおよそ100年以上前の、いわゆる「古典的名著」であるが、現代社会を解き明かす一つの道標になるのではないかと考えている。今回のテーマは「在日認定」のために必然的に右翼、または右翼的なものに批判的になったが、ステレオタイプ論は左翼、はてはヘヴィメタルクラスタなどにも当てはまるし、群衆心理にしても同じである。

ここで考察した2点だが、これはリップマンとル・ボンの著作をかいつまんでいるのであり、彼らの論理はもっと複雑かつ含蓄のある内容である。ブログの都合上(長くなりすぎると読んでもらえない等)、彼らの著作の重要箇所をピックアップし、引用した。もしこれらの論理が気になる方がいたら本を買ってみるのもいいだろう。どちらも文庫で簡単に手に入るのでおすすめである。

 

「私が一個の掟であるのは、ただ私に所属する者たちだけだ、私は万人にとっての掟ではない。」by ニーチェ著『ツァラトゥストラ

 万人のためではない、所属する者たちだけのための一個の掟。そうそれこそがまさにネット内で見られるステレオタイプなのだろう。

5.参考文献

W.リップマン著『世論(上)』・『世論(下)』

ギュスターヴ・ル・ボン著『群衆心理』

塩川伸明著『民族とネイション―ナショナリズムという難問』

  

 

以下駄文

内容的に右派を批判したが、個人的な意見では、右派がいうように国家に愛国心は必要であると考えている。生まれた国を愛するのがなぜ悪いのだろう、自然なことである。(もっともこれが近代の『国民国家』的思想であるのは留意すべきだが)

しかし在日認定や外国人排斥を訴えるのは愛国心ではなくレイシズムであり、それには同意できない。加えて右派の唱える新自由主義的な政策、または過激な反フェミニズム的言論にも全く同意できないが、かといって左派にも傾倒しきれない。これは良く言えば中道、悪く言えば宙ぶらりん・中途半端…。

 

 

 

 

*1:実際G.W.オルポートから、ステレオタイプは人種差別につながりやすいという指摘もある。

*2:ル・ボン曰く「群衆の思想、感情、感動、信念などは細菌のそれにひとしい激烈な感染力を備えている」と。

なぜユダヤ教・イスラム教で豚肉は禁止されるのか─ハリスの説から

 1.はじめに

世界各国の宗教には色々なタブーがある。例えばユダヤ教イスラム教では豚が禁じられた食材となっている。このようなタブーについてインターネット上では「豚は寄生虫繊毛虫)がいるので食べてはならないと定められた」という言説が見られる。一方人類学者のマーヴィン・ハリスは全く別の理由で食べないのだとその著書で述べている。ここではハリスの意見を簡単に紹介し、豚のタブーについて説明していきたい。

 

2.豚について

豚は飼うのに実に合理的な生き物である。豚は餌に含まれるエネルギーの35%を肉に変えることができる。一方羊は13%、牛に至ってはわずか6.5%である。雌牛は一頭の仔牛を産むのに九ヶ月の妊娠期間が必要であり、また仔牛は400ポンド(180kg)に達するのに四ヶ月かかる、つまり合計13ヶ月かかる。一方雌豚は受胎後四ヶ月で8匹以上の子豚を産め、その後六ヶ月間で400ポンドを超える─つまり10ヶ月間で達することが可能である。明らかに豚というものは人間のために肉を生産する存在なのである。

 

3.宗教的戒律と豚

この豚に対して、聖書とコーランではどのような扱いになっているだろうか。紹介すると

「その肉(豚肉)をお前たちは食べてはならない。またその死体に触れてはならない。それらはお前たちにとって不浄のものである。(レビ記11・24)」

「次のものについては神がお前たちに禁じた。すなわち、豚の死体、血、肉。(コーラン2・168)」

となっている。

豚のタブーについて、いくつか説明を試みた者たちがいた。例えば11世紀のエジプトイスラム王朝サラディン王に仕えた宮廷医ラビ・モーゼス・マイモニデスは「律法が豚肉を禁じている第一の理由は、その習性と食べるものがきたなく不潔であるという豚の生態にある」と説明した。彼に言わせれば、豚を飼うことを許可すればカイロの街はヨーロッパの街のように不潔になるというのである。なぜなら、豚の口はその糞とおなじくらいきたないからだと。しかし、それは一面的な説明にすぎない。豚が人糞を食らうのは、悪しき本性からではなく他に食べるのものがないからだ。*1豚は本来穀物やナッツなどの種実類を好むし、ヨーロッパでは村の近くの森に豚を放って実際そのように飼育していた。同様に、豚が汚いところで転げ回るのも身体を涼しく保つためで、本当は尿や糞で汚れた泥より、きれいで清潔な場所のほうが好きなのだ。

また、豚だけが糞を食べるのではない。例えば鶏やヤギも糞を食べることがある。犬も糞を食べることが知られている。だが神は犬の肉も、犬に触れることも禁じなかった。

近代に入ると豚肉のタブーを「寄生虫」に結びつける考え方が現れ始めた。1859年、寄生虫繊毛虫と生の豚肉の関係が医学的に実証された。この発見は神学者や科学者を熱狂させることになった。合理的に科学的に豚のタブーを説明できたからだ。

ハリスはこの豚肉が禁止されているのは寄生虫理論では豚のタブーは説明できないとする。なぜなら、豚肉だけが特別に食べるのが危険な食材ではないのだ。例えば、生煮えの牛肉は、サナダムシをうつす危険がある。サナダムシは人間の消化器の中で非常に大型になり、ひどい貧血を起こさせ、免疫力を低下させる。牛、ヤギ、羊は炭疽病を伝染する。これは非常に恐ろしい病気で、1881年にパストゥールがワクチンを開発するまで、世界中で猛威を奮った。豚の繊毛虫の場合、感染した場合でも大多数は発病しないが、炭疽病の場合、初めにできものができ、きわめて短時間で死んでしまう。

もし、豚肉のタブーを繊毛虫に求めるならば、同様に他の動物についてもタブーを作らねければならないはずだ。生煮えの豚肉は危険というならば、それは牛や羊、ヤギにも毛刻しなければならない。だが神はこれらを禁止しなかった。

 

4.反芻動物と豚

ここでもう一度聖書に立ち返ってみよう。レビ記ではこうある。

「動物のうち、すべて蹄のわかれた、偶蹄のもの、そして反芻するもの、それは食べることができる(レビ記11・1)」

まず神はなぜ食用可能な動物は反芻動物であってほしかったのかを考える必要がある。古代イスラエルで飼われていた動物の中には三種類の反芻動物がいた。牛、羊、ヤギである。これらは古代の中東ではもっとも重要な食料生産動物であった。牛、羊、ヤギは反芻することができる。つまり高セルロース質食物の餌─ワラ、干し草、木の葉─など人間が食べられないものを食べることができる。人間と動物の間で食べ物を取り合わなくて済む。人間はどんなによく煮ても、高セルロース質食物は食べることができないのである。これらの動物は人間が食べないものを食べると同時に、糞は肥料になるし、鋤を引く労働力にもなった。これによって更に農業の効率は高まった。まさにWin-Winの関係であった。

ここで私は最初に豚は効率の良い太り方をする合理的な動物だと言ったが、豚は小麦やトウモロコシ、じゃがいも、大豆その他人間が食べられる低セルロース質の食物で育て場合のみ、奇跡的な体重増加を示すのである。もし、牛などと同じようにワラや干し草しか与えられなかったら豚は体重を減らしてしまうのである。

豚は雑食動物だが反芻動物ではない。ヨーロッパにおいては広大な森のなかで豚を放し飼いにできたが、中東ではそうはいかなかった。豚を育てる場合は自らの食事を差し出すしかなかった。また、中東で豚が禁じられたのはもう一つの理由があった。豚は中東の気候にあってないのである。豚の祖先は水の豊かな谷間や川岸の木陰を住処としていた。豚の体温調節機能は中東の熱くて、日差しであぶられるような環境には全く適していない。熱帯種の牛、羊、ヤギは水なしで長期間の間生きられ、発汗作用によって余分な熱を放出することも、明るい色の短い毛の生えた外皮によって身を守ることができた。*2豚は汗をかけない。汗腺を持っていないからである。豚は涼しくいるためには泥の中で転げ回り、冷たい地面からの伝導作用で熱を発散するしかない。体温が30度を超えると、きれいな泥たまりを取り上げられた豚は、熱にやられるのを回避しようと自分の糞便や尿の中で転げ回り始める。豚は身体が大きくなるほど、熱に耐えられなくなる。

したがって、中東で豚を飼うのは反芻動物を飼う以上にコストがかかることであった。豚を飼うには人工的に影を作ったり、転げ回る用の泥たまりを用意してやらねばならなかった。またその餌は人間自身が食べられる穀物その他の植物性食物を与えてやらばならなかった。

 

5.中東で豚を飼うベネフィット

こうして考えてみると、豚は反芻動物に比べてベネフィットが少ない。豚は農耕に使えず(鋤が引けない)、その毛は繊維や布にむかず、乳用にも適さない。「豚は、肉以外ほとんど役立たない唯一の大型家畜である」*3

中東のような環境では豚を飼うことは難しい。どんなに食べたいと願ってもほとんど食べられなかったはずだ。そのような歴史的経緯から豚を慣れ親しまない食べ物として忌み嫌う伝統が作られ、それが宗教的タブーにも取り入れられたとハリスは考える。宗教的タブーは新たなタブーを創るのではなく、元から民族にあったタブーを取り入れているのだ。

しかし、中東で全く豚が飼われていなかったとするのも間違いである。ヨルダンのイェリコ、イラクのジャルモからは飼育された豚の骨が出土している。聖書にも豚が登場する。しかし、当初から飼われていた豚の数は少なかったとハリスは言う。しかもその規模は(おそらく先に述べた飼育の難しさから)どんどん縮小していったと考えられている。

カールトン・クーンによれば、豚飼育の全般的衰退は森の減少だとした。新石器時代のはじめには、豚はカシとブナの森で餌を漁って生きられた。それらの森は食べ物だけではなく日陰をも提供してくれる場所だった。しかし人口密度が増えるに従って、農耕地が拡大し、森は農耕地として伐採され、その結果豚の住処が奪われた。例えばアナトリアでは紀元前5000年から最近までに森林は全面積の70%から13%に減少したという。一方ヨーロッパでは深い森は近世に入るまで保たれたため、豚を森で飼育することができた。

豚はヨーロッパでも中東でも肉のためだけに生産された。農耕には役立たないため、どうしても欲しいということはなくなる。それならば、森林地域の減少と共に豚を飼うのが難しくなると─森林破壊、土地の侵食、砂漠化─豚は無用どころか、触るのも、目にするのも汚らわしい動物、最低最悪な動物となった。

豚のタブーがユダヤ教徒だけではなく、中東の異なる文化(イスラム教)で行われていることがこの説明を裏付ける。中東では豚を飼育するベネフィットは少ないが、牛や羊やヤギを飼育するベネフィットがあった。そのために、イスラム教のタブー成立の前に豚を忌避する傾向が既にあったのだ。豚のタブーは中東においては経済学的に正しい決定を示すのである。もし豚を意地でも中東で飼育していたら、得られる肉の量や農耕としての労働力は減少し、今よりも発展が望めなかっただろう。イスラム教のような厳格な宗教でも、神の定めた戒律をただ振りかざすだけでは豚を禁止することができない。豚を経済学的に考えて飼育していなかったからこそ、宗教的戒律を受け入れることができたのだ。宗教的タブーは実は経済学的ベネフィットに基いており、だからこそ受け入れることも可能なのである。

 

6.終わりに

ハリスは豚のタブーについて生産のコスト・ベネフィットから説明を試みている。宗教的タブーは闇雲に設定されたのではなく、その地に生きる者にとっては合理的なタブーでもあったのだ。私がここまで述べてきた内容は、ハリスの『食と文化の謎』からの引用であり、興味があったらぜひ全文を読んでもらいたい。豚のタブー以外にもインドにおける牛のタブーも扱っており、大変面白い内容である。文庫本で入手も容易なのでぜひどうぞ。

 

参考文献

マーヴィン・ハリス著『食と文化の謎』

 

 

 

*1:当時、豚に人糞を食わせて飼育する方法があったのである

*2:熱を貯める構造の多量の毛じゃ寒冷地種の動物の特徴である

*3:マーヴィン・ハリス著『食と文化の謎』

「異世界転生モノ」についてのエッセイ─19世紀植民地ロマンスとの対比から

作品のアニメ化などで話題になっているサイト、『小説家になろう』では多くの「異世界転生モノ」が見られる。これらのテンプレートは、「異世界転生して現代知識で『チート』をし、異世界を発展させるとともに現地の少女たちと恋愛をする」といった具合だ。

私は、この「異世界でチートをする」という構造は現実の植民地主義の比喩であると私は考えている。文明の劣ると考えられたアフリカその他で自国の文化や文明を伝えて、「啓蒙」する。この図式は実に爽快である。何と言っても自国の優位性が明白であり、愛国心─愛する自国の優位性から来る圧倒的満足も含め─を満たせるのだ。そして現地の少女─彼ら植民地支配を行う側からしたら絶対的に弱者である─を手篭めにする。まさしく植民地政策真っ只中の西洋諸国の夢やロマンス願望を煮詰めたものであるのだ。

 

日本は朝鮮半島を植民地支配したが、「西洋の植民地の本場」であるアフリカ大陸ではそれは叶わなかった。まるで(果たせなかったアフリカ大陸での)植民地願望を異世界で充足するといった具合だが、とにかく異世界でチートものはこのような構造を感じてしまう。

  

ところで、このような植民地支配と関連する恋愛ものは英語圏では「colonial romance(植民地ロマンス)」と言われて一定の需要がある。文字通り植民地での恋愛を描くものであり、現地人と(あるいは現地人同士が)恋愛するものである。この植民地ロマンスの日本版が異世界でチートものなのだ、という直接的な考えは宜しくない。なぜなら欧米の植民地ロマンスは当初から反キリスト的要素を持っていたからだ。どういうことかというと、かつてキリスト教規範が強かった時代、恋愛自体が社会ではタブー化されていた。恋愛結婚の誕生はごく浅い歴史なのである。恋愛結婚は社会から禁止されたタブーであり、実際好まれなかった。このような閉塞感の中、植民地というキリスト教規範が完全には到達されていない地を理想化し、そこで恋愛させるという小説が流行ったのだ。

(19世紀)恋愛は教会と結婚の制度に対立するものであった。つまり、反社会的なものであった。反社会的なものであるために、恋人たちはあるいは逃亡を余儀なくされ、あるいは避難所を求める。*1

反社会的な恋愛を唯一満たせるのが植民地であった。植民地で現地の男女と恋愛し、キリスト教規範に縛られずに自由にロマンスに満ちた生活が送れる。そこにタブーなどはない。このような結果として、植民地ロマンス小説は大流行したのだった。

 

さて、日本ではどうだろうか。確かに日本でも恋愛結婚は稀だったが、キリスト教規範という宗教的タブーがあった西洋よりもそのタブーの度合いは低かったのではないか。結論を先に言うと、日本で流行りの異世界転生モノは「植民地での恋愛」を描く点では古くからある植民地ロマンスと同じであるが、反社会的・反教会的要素を持ち合わせていないのである。どこか背徳的要素があったかつての植民地ロマンスと違い、異世界転生ものでは実に恋愛に積極的である。

 

現代における異世界転生はタブーなき植民地ロマンスと捉えることができる。植民地ロマンスの要であったタブー要素は異世界転生には見当たらない。21世紀という、植民地ロマンス全盛期から数百年経った現在ではもはや背徳感や反社会的要素という要は不要どころか害悪なのかもしれない。恋愛結婚というのはごく最近生まれた概念だが、もはや当たり前のように我々の生活に根付いている。もはや恋愛結婚という概念自体が、そこまで持て囃されるものではなく、「当たり前」であり、殊更それを大袈裟に騒いだり作品のテーマに据える必要が無いのであろう。

 

ここまでをまとめると、異世界転生で「異世界」で「チート行為」をしたり現地で恋愛するのは植民地ロマンスと同様(この場合「異世界」が「植民地」になる)だが、その要のタブー要素がないのである。それは21世紀という恋愛結婚の幻想が支配的になった現代では必然なのかもしれない。異世界転生モノの話題を聞くたびに私はこのような植民地との構造や植民地ロマンスを思い出してしまう。皆さんもたまには世界転生モノを、植民地ロマンスの懐かしい時代を創造しながら読むと面白いかもしれない。古今東西、人類は異世界(植民地)でチート行為をし自らの愛国心を満足させ、女性を手篭めにし、更には(西洋においては)恋愛という反社会的行為への背徳感を味わったものなのだから。

 

※作品を晒し上げる意図はないため、具体的作品名を出さずに語りましたが、そのせいで分かりにくくなっており、申し訳ないです。

 

*1:柳原孝敦著『恋愛、植民地、小説 : 十九世紀イスパノアメリカ恋愛小説』

イギリス料理はなぜ「まずい」のか─産業革命と二度の大戦から

 

このブログ記事は下記のエントリーの補足ですので、ぜひ下記のエントリーもお読みください

peoplesstorm.hatenablog.com

1.はじめに

イギリス料理=まずいというステレオタイプは日本において根強く有る。ツイッターmixi2ちゃんねる…あらゆるところで毎日のようにネタにされる。しかしなぜイギリス料理はまずいのだろうか。ここではイギリス料理がなぜまずいと言われるようになったかを簡単に論及していきたい。

 

2.産業革命以前の料理

14世紀に書かれたイギリス料理のレシピ集『The Forme of Cury』を見れば数多くの料理がいきいきと書かれているのに気づくはずだ。当時まだ貴重品だった砂糖も1/3の料理に使われるなど非常に豪華なメニューが載っている。加えてナツメグクローブなどの香辛料もふんだんに使われているなど「先進的」なレシピも多数あった。また、イギリスには中世以前から続く豊かな食文化があった。800年頃に開発されたブラック・プディングは血を入れたソーセージで独特の味わいがある。13世紀年頃のパスティは牛肉や玉ねぎを入れたいわばパイで、具材から出るエキスの香ばしさとサクサクとした生地を楽しめる。スコッティーケーキはケーキという名前に反して、重量感のあるパンだが、中に色々な具材を入れることで多様な味を生み出している。シチューはどの国にも有る伝統料だがイギリスにも存在し、うさぎの肉を使い香辛料で臭みを消したスパイシーな料理方法が残されている。

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(伝統的パスティ)

 

このようにイギリス料理は決してネットで吹聴されるような「ただ茹でただけの野菜」を出すような貧相な食文化ではなく、気候故に取れる野菜は少ないものの、現地で入手できる様々な食材と輸入される希少な香辛料などを使って豊かな食文化を作り出していたのがわかる。

この食文化の拡充は18世紀まで順調に続く。17世紀の料理本『Cooks Guide』ではフランス料理の影響も垣間見え、フランス料理の命とも言える「ソース」のレシピをイギリス流にアレンジしたものが乗っている。18世紀になってもジェームス・ウッドフォードの『Diary of a Country Parson 』によれば、チキン煮や甘いケーキにブラン・マンジェ、アーティチョークを大いに食べ、加えて食後に果物を食べたという旨が乗っている。つまり確実にここまではイギリス料理は順調に発展を遂げていたことがわかる。この時期、伝統的料理にフランスなどの大陸に影響を受けた料理まで様々な料理が存在した。もちろん、庶民は新しい料理(特に香辛料を使ったものなど)は気軽に楽しめなかっただろう。彼らは身近にある素材で作れる中世以来の伝統的料理が主だったのは忘れてはならない。いくつかの旅行記に「イギリス料理はまずかった」という記載*1があるにしろ、この時点では順調に発達してしてきていたのだ。庶民の伝統的料理にも胡椒が使われるなどささやかな変化があっただろう。しかしこの図式が崩れるのが産業革命期、そうヴィクトリア朝である。

 

3.ヴィクトリア朝による料理の衰退

産業革命期はイギリス料理のその後を決定づけた。一体何が起こったのだろうか?

まず産業革命期と同時に起きたエンクロージャー(囲い込み運動)*2である。この動きは大きく第一次と第二次に分けられる。特に第二次エンクロージャーは食糧増産のために行われたが、この結果イギリスの穀物生産量は増大した。一方農民は農地から追い払われて都市生活者となりこれらが工場労働者の母体となった。かつて農民は農地と隣接してある森林を使って様々な生産活動を行えた。例えばヨーロッパ全域で広く行われた共有地である森林に豚を放して豚に落ちているどんぐりなどを食わせて肥え太らせ、冬前に解体することで冬季の食料にするなどである。また、森林では野鳥などを捕まえることもできた。加えて農村に流れる川、または海からは魚介類を得ることもできただろう。エンクロージャーによって無理やり都市部に追い払われた農民はかつてのように無料で畜肉を手に入れるのが不可能になった。このため僅かな金銭しか得られない下層市民達は肉を食べるのは非常に稀な機会となってしまった。

産業革命はこのような農村から出てきた農民を工場労働者として働くことでなりたっていたが、前述したようにこのような市民は僅かな銭しか得られなかった。彼らが買えるのは低価格なじゃがいも、ストリートセラーが売る低価格の出し物であって、ここで伝統的な農村(=森林からの恵みを得られる)と密接して成り立っていた料理は崩壊した。例えばブラック・プディングなどはかつては自家製で各村で作られていたが、ヴィクトリア朝期には購入するしかなくなり、次第に市民は口にする機会が減ったことだろう。また、ヴィクトリア朝期には生きていくためには家庭全員で働く必要があった。彼らは十分な初等教育も受けぬまま、また今で言う「家庭科の知識」=料理の知識を得られぬまま育っていった。加えて当時薪の枯渇から燃料費は増大の一歩となっていた。このために調理方法も凝った方法はできずに、沸かした湯で短時間じゃがいもを茹でる、などのシンプルな料理方法にならざるを得なかった。このような結果として、産業革命の到来とともに中世以来の豊かなイギリス食文化は崩壊を迎えたのであった。

ここまでを約言するとエンクロージャーによって農村を負われた農民は都市の工場労働者となった。彼らは幼いうちから働く必要があったたために充分な料理の教養を得られなかった。加えて森林からの恵みを得られないことによる食糧費の増大は家計を圧迫し食材の品質や品数を低減させ、燃料費の増大は調理方法までシンプルなものにせざるを得なくなった。これらの事情からイギリス料理は我々がステレオタイプで知っているような「ただ茹でる」「ただ焼く」だけとなっていったのである。

このような「茹でるだけ・焼くだけ」の極地がネットで盛んに話題にされるウナギのゼリー寄せである。そもそも魚のゼラチンを利用したゼリー寄せは世界各国にあり、ことさらイギリスにおけるウナギのゼリー寄せだけをネタにするインターネットの動向はどうかと思うのだが、とにかくウナギのゼリー寄せはうなぎをただ茹でただけの料理であった。私見であるが、この料理は「意図的に固まらせた」というよりストリートセラーなどが道端でうなぎを茹でたのを売っている内に、冷えて勝手にうなぎとその煮汁がゼリーのように固まってしまったのが本当の例だと思われる。ストリートセラーが売る「ただ茹でた」「ただ焼いた」ものは他にも有り、牡蠣やじゃがいも、魚介類などを茹でたり焼いたりして売っていた。

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(ウナギのゼリー寄せ)

これらの事情の他にも食材の偽装も食文化の衰退に拍車をかけた。先述したブログに書いてあるように当時のイギリスは食品偽装のオンパレードであり、あらゆる食材が有害な化学物質、あるいは無害だが不衛生的な混ぜものに汚染されていた。これらの食材は低価格だったため、労働者が必然的に頼るようになりこれも料理の味の低下を齎したであろう。

これらのヴィクトリア朝期の食文化衰退は、中流階級までもを襲った。そもそもイギリスの上流階級はフランスなどの料理人を雇って、フランス流の料理を熱心に食べていたが、新興した中流階級も上流階級の真似事として料理人を雇ってその料理を食べるようになった。しかし中流階級が雇える使用人というのは労働者階級の出の貧しい少女や少年であって、今まで述べてきたように彼らは料理の教育を受けてこなかった。彼らが作れる料理というのは労働者階級の料理─ただ茹でる・ただ焼く─だけであって、結果として中流階級も我々から見たら貧しく・美味しくない料理を食べていたことになる。いずれにしろ、農民などの口伝でつたわってきた豊かなイギリス食文化はここで一度の崩壊を迎えることになった。

ここで疑問が浮かぶ方も多いのではないか。「なぜ産業革命をした国でイギリスだけが食文化の崩壊に至ったのでは」と。ここで、『エコノミスト』のコラムではこう答えている。「工業化の前に、彼はイギリスの料理はヨーロッパで最高だったと主張する。しかし、英国が工業化する最初の国であったため、冷蔵庫はまだ発明されていなかった。このように、英国人は現代の食料保存技術の恩恵を受けずに農場を去ることになったのだ。彼らは食材の策源から遠く離れて、缶詰の野菜、保存された肉、根野菜などに頼って、少なくともこれらを魅力的なものにするために揚げたのだった。技術によって新鮮な果物や野菜が利用可能になった後でさえ、英国人の口の中は軽くて脂っこい食事に設定されていた。」*3つまり、イギリスは産業革命が最初の国だったために発達した食料保存技術の恩恵を受けられずに、缶詰の野菜や干し肉などしか手に入れられなかったとしているのである。もし食品保存技術でより安価により質のいい食材がイギリスより遅れて産業革命が到達した各国で手に入ったのならば、その分だけ食文化の崩壊は避けられることになる。加えて、イギリスのように深刻な燃料不足が併発して起こっていなければ更に食文化崩壊の危険性は低くなるのである。「産業化の時代には、世界が持てるものと持たざるものにはっきりと分かれていた。工業化社会では食料供給の問題は解決された」*4というようにイギリスより後発に産業革命を迎えた国は食料供給の問題を解決していたのである。もっとも、個人的にはどの国も産業革命によって農村から切り離されたことで食文化の少なからぬ崩壊は訪れていると思われる。程度問題というわけである。

 

 

4.さらなる苦難─第一次世界大戦第二次世界大戦

ヴィクトリア朝期に食文化の崩壊が始まったとは言え、徐々に労働者の地位や給与が増大してくるに従っていくらかの改善が見られるようになった。それは1845年に初版が刷られ、ベストセラーとして20世紀まで重版が重なった『Modern Cookery for Private Families』などでも伺える(もっともこの本が刷られた当時の労働者にはこのような本を読む技術も、買うお金もなかったのだが。この本が労働者階級に流行りだすのは20世紀にはいってからである。)。

20世紀に入ると、労働者の待遇も改善され、燃料費の増大も落ち着き、また食品保存技術の拡大で新鮮な野菜や肉や魚が簡単に手に入るようになっていった。これに伴って、多くの料理本が発売されるなど食文化の崩壊は一旦歯止めがかかったに見えた。

しかし、そんなイギリスを待っていたのは第一次世界大戦第二次世界大戦であった。第一次世界大戦はドイツの食糧不足が有名だがイギリスも少なくない食糧不足に悩まされた。かつて食卓を彩っていた様々な野菜や果物、肉類などは姿を消して再び粗雑で簡単な料理─さながらヴィクトリア朝期のように─にならざるを得なかった。この苦難は第一次世界大戦終了後の戦間期には改善されるが、すぐに第二次世界大戦がやってくるのである。第二次世界大戦ではバナナ、タマネギ、チョコレートなどの食べ物は市場から消え、乾燥卵、乾燥ジャガイモ、クジラの肉、スパム(缶詰)、snoekと呼ばれる「嫌な」輸入魚などの珍しいものが食卓に現れた。バター、砂糖、卵、小麦粉は欠乏し、パイやケーキなどの英国料理は伝統的なレシピで作ることが難しくなった。結論として、この時期は我が国で太平洋戦争中に代用食材が流行ったように代用品が横行し、著しく料理のクオリティは下がることになった。この時期にイギリスに駐留したアメリカ兵などはイギリス料理はまずいと感じ、本国に帰ってそれを広めたであろう。現代的な「イギリス料理はまずい」というステレオタイプは根源的にはこの時代の料理から来ているのだと予想される。

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(WW2中イギリスで配給された缶詰の中でも最も有名なスパム缶)

結果的に、イギリス料理は何度も崩壊を迎えた。まずはじめにヴィクトリア朝期、次に第一次世界大戦、最後に第二次世界大戦である。この期間にイギリスを訪れた者たちが口にした料理は今の我々が偏見抜きに食べたとしてもまずかったに違いない。このときの風評が今になってもステレオタイプとして保存されているのである。

 

5.イギリス料理の再生と進展─第二次世界大戦終結

第二次世界大戦後、しばらく経つとまた食文化は再生をし始めた。手に入らなかった新鮮な肉や魚、卵などは輸入品を取り入れたこともあって市場に流れ始め、イギリスは再び伝統的な料理を作れるようになった。それだけではない。世界中が流通網で密接に結ばれ、新たなイギリス料理も誕生し始めた。今までは自国で生産できなかった数々の野菜や魚などを利用した新しい料理である。もともと植民地を通じて得ていた多文化主義的料理も更に飛躍を遂げ、多くのバリエーションを生み出している。もはや我々が知る「まずい」とされるイギリス料理は過去のものとなりつつ有る。海外のフォーラムに寄せられたコメントを引用して言えば「(イギリス料理の)ステレオタイプを受け入れないでください。英国に行き、料理を自分で試してみてください。あなたは失望しませんよ」*5ということだ。食文化は常に発展する。逆風によって挫けようと時が経てば、また逆風が止めば、また回復・進展するのである。現代のイギリス料理の美味しさはまさにこれを物語っているのである。

 

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(現代的イギリス料理、「ホワイトハート」。各国から輸入される食材で構成されている。)

6.おわりに

ここではイギリス料理の簡単な歴史となぜ美味しくなくなったかを簡潔に論じた。産業革命期に衰退したイギリス食文化であるが、他国の食文化も産業革命期にどのようになったかは気になるところであるが、私は外国語の才がなく、ドイツ語やフランス語を理解できる方にぜひ研究してほしいところである。日本の食文化も戦後一旦崩壊しているので(そばなどがいい例である)、そこと比べてみるのも興味深いだろう。

この短い論考でぜひイギリス料理への偏見がなくなれば嬉しいところである。料理はアイデンティティであり、民族の誇りである。その誇りやアイデンティティをステレオタイプで雑に語って言いわけがない。みなさんもぜひイギリスに飛んで、または日本の専門料理店で現代の、または伝統的なイギリス料理を味わってみてください。

 

*1:『生活の歴史10 産業革命と民衆』にもそのような文が記載されている

*2:囲い込み運動とは農民の解放農地を取り上げ、そこに柵を立てて=囲い込みし、羊などを放すことである。第一次は地主によって行われたが、第二次は政府や議会主体で行われた。

*3:http://www.economist.com/blogs/freeexchange/2006/12/british_food

*4:フェリペ・フェルナンデス=アルメスト著『食べる人類誌』

*5:Why is British food often perceived to be terrible? - Quora

ヴィクトリア朝庶民の暮らし

 

1.はじめに

一般的に優雅で安泰のイメージが持たれる─『シャーロック・ホームズ』や漫画の『エマ』などがいい例である─ヴィクトリア朝イギリス(19世紀-20世紀初頭)であるが、その実庶民の暮らしは過酷そのものであった。我々はどうしてもメイドや執事、そして貴族などの華やかなイメージを持ってしまうが、その裏腹に食品偽装は横行し、産業革命によって花開いた近代的労働は殺人的領域まで達していた。本稿ではヴィクトリア朝イギリスにおける庶民の暮らしにスポットライトを当て、簡潔に解説していきたい。

 

2.横行した食品偽装について

食品を保護する法律などがなかった当時、食品偽装は大変大規模に行われていた。代表的なのがコーヒーや紅茶などであるが、その他の食品の偽装も盛んであり、高い安全な商品を買えない労働者は常に食品から有害物質を摂取する危険性にさらされていた。

a.コーヒー

コーヒーにおける食品偽装の大半はチコリーによるものであった。我々の身近ではコカ・コーラ社の爽健美茶に含まれている。つまり、コレ自体は有害なものではなかったが、多くの店で「コーヒー」として売られている製品のうち、本物のコーヒー豆は1/2以下であり、また混ぜ者入りの表記はなされていなかった。中には炒った小麦が混入されている場合もあった。

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(チコリー入りのコーヒー)

b.紅茶

イギリスが誇る紅茶にも不正が行われていた。多くがグラファイト、プルシアンブルー色の顔料、ウコン粉、およびチャイナ粘土であって着色されており、これらは人体に有害なものもあった。「着色に使われる物質はしばしば高度に有毒であって、多くの場合にシナ人が使っているものよりもより反対すべきであるし有害である。」*1また、「紅茶」自体が。お茶の葉からできているのではなく身近で手に入る雑草などの場合さえあった。

c.黒砂糖

砂糖は多くの製品がダニ、カビの胞子、石、砂で汚染されていた。穀物の粉が混入されている製品もあり、これはかさ増しのためであった。

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(砂糖中のダニ)

d.野菜

大半の野菜が銅で汚染されていた。「(検査した野菜のうち)27標品は多かれ少なかれ銅が沁み込んでいた」*2。加えてこれらの銅汚染は深刻なものもあった。これらの銅は野菜を新鮮で「いい色」にするために使われていた。

e.砂糖菓子

多くの菓子が有害な金属による無機顔料で着色されていた。多く使われていた色は黄色、ピンクと緋色を含む赤、褐色、紫、青色、および緑色であった。加えて、砂糖のかさ増しのために硫酸カルシウムが広く用いられていた。

f.ビール

ビールの不正の多くは水を加える水増しであった。この処理のために風味がビールから損なわれる事となるが、それを隠すために粗悪な砂糖(粗糖)を混入している例が多かった。この処理でビールの度数は約半分となっていた。

g.たばこ

タバコの不正はタバコ以外の葉を混ぜることで行われていた。また、嗅ぎたばこの場合は鉛を加えている場合もあった。鉛の混入は非常に悪質かつ広範囲で行われており、鉛中毒を発症する場合さえあった。

 

3.過酷な労働環境

労働者階級は閉鎖的で堅固な社会構造のように見えるものの、独自の排他的な世界を構築していた。これらの試みの意味は一部は、現実世界の過酷さからの脱出であり、一部は工業都市の匿名コミュニティを作り出すものだった。究極的には、教育と民主主義の発展、生活水準の向上、労働条件、住居、食べ物や服装によって、労働者階級は社会の参加者になったが、ほとんどの期間[1820 -1920]彼らは政府が高らかに謳う「公的生活」から除外されていた。

a.ストリートセラー

ストリートセラーは路上で何かを売る人たちを指した言葉である。1800年代後半には、おそらく約30,000人のストリートセラーがロンドンにいて、それぞれが手押し車やカートから商品を売っていた。売っているものはカキ、ウナギ、エンドウ豆のスープ、揚げた魚、パイとプリン、ピクルス、ジンジャーブレッド、焼き芋、クランチ、咳止め、アイス、ビール、ココア、ペパーミント水だけでなく、衣類、中古の楽器、本、生きている鳥などでさえあった。破損した金属、ボトル、骨や水切り、壊れたろうそく、シルバースプーンなどの「台所用品」などの廃棄物を購入する業者も存在した。

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(アイスを売るストリートセラー)

 

b.マッドラーク

「Mudlark」と呼ばれる人たちはテムズ川の汚泥の中から物品を回収し、売る仕事である。金品はもちろんそのまま売ることができたし、他の一見役に立たなそうなものも買い取る専門業者が存在した。より良いものを求めるために深いところまで足を踏み入れ溺死する者もいた。また、テムズ川は大変汚染されており、これも危険な職業であった。

 

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(Mudlarkを描いた絵)

c.ワークハウス(救貧院)

救貧法発令から特にそうだが、救貧院は貧困者を収容するいわば「貧困層の収容所」であった。ここでは単純労働を主に収容者に課していたが、それらは花崗石を砕く、糸を紡ぎ続けるなどの「技能もいらない仕事」であって、収容者の自立には繋がらなかった。家族が救貧院に収容された場合、もう一度会う手段はなく、陸の孤島と化していた。職場の食事は、飢えから守るだけの程度のものしか出されなかった。衣服もときどき洗われる程度のものだった。子どもたちは何らかの初頭教育を受ける権利があったが、これはしばしば職場の看守によって無視された。

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(「棺のベッド(coffin bed)」で寝る救貧院の収容者たち。キリスト教圏であるイギリスでこのような棺で眠るという行為は、非キリスト教圏の我々が想像する以上に悪い意味があった。)

d.港湾労働

造船所やロンドンと北東部の新しい港湾では巨大な労働力が必要だったが、需要は予測できなかった。毎朝、数ペンスで1日の作業を行うために集まる男性達が見られた。需要が不規則なため、造船所が注文不足や苦しい天候によってたびたび閉鎖され、慈善団体もなかったため、労働は不規則でこれだけで食べていくのは不可能であった。

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(日雇い労働のために集まる労働者)

e.売春

多くの女性が売春をしていたのは驚くべきことではなかった。ロンドンのスラム街の通りには売春婦が住んでいた。売春を行う少女らは性感染症によって早死していった。大きな病院のいくつかは性病治療専門の病棟があったことからその規模が窺い知れる。しかし当時最も恐ろしい性感染症の梅毒の治療法は知られていなかった。W.T.ステッドが13歳の処女を簡単に路上で買えたという報告をしており、売春がいかに低年齢で、広範に行われていたかを物語っている。

 f.児童労働

ヴィクトリア朝の「一家族」は子沢山であり(その分多くの子供が餓死や病死した。多産多死であったのだ。)、その分「要らない子」も数多く発生した。そんな彼らを「雇用」したのが児童労働であった。Climbing boyと呼ばれた子供の煙突掃除夫は、子供というサイズを活かして煙突に潜り込んだが、煙突から燻る煙で焼死・窒息死することも多くあった。Crossing-sweeperと呼ばれた子供の路上掃除夫は路上に溢れるゴミ、汚物を掃除する仕事であった。子供ゆえの小ささを活かして、鉱山の小さな洞穴でトロッコ引きをする子供らもいた。彼らはこれらの労働で貧しい家計を支えたが、児童故に得られるのは僅かな小銭であり、仕事によっては死亡率が大人の数倍にも登った。

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(業者に子供を売り渡す貧困家庭を描いた図)

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(鉱山でトロッコ引きをする少女)

g.社会保障

労働者が雇用を失ったとき、彼らは友好的な社会、労働組合労働組合、地元の店主、その隣人や友人、牧畜業者、または貧困者の法律に基づく信用組合による補填があり、これは現在「社会保障」と呼ばれている唯一あった 。彼らが老後になったときや虚弱になったときには、先の信用組合は生活費の一部しかカバーしていなかったため、子供の助けがなければ生活していけなかった。政府の社会保障が事実上完全に欠如しているという事実は、今の我々から見たら理解不能であると思われる。

 

この他にも数多くの労働が存在したが、労働規制などない時代故にどれも過酷な労働であることは変わりなかった。搾取労働も盛んであり、女性を「お針子」として長時間拘束し、たった数ペンスの稼ぎだけで労働させるような「搾取工場(sweatshop)」が存在するなど、労働者の身分はいまと比べて著しく低かった。

 

4.ヴィクトリア朝の生活

a.家庭での食事

ヴィクトリア朝は英国の伝統の食事が破壊された時期であった。農村社会から切り離された労働者達は子供の頃から働き、料理を覚える暇など無く、かつ燃料が高騰していたのもあって凝った調理法はできず、単純な「茹でる」「焼く」程度しかできなかった。調味料の値段も高く、必然的に塩味だけの茹でたじゃがいもだけという料理が横行し、英国伝統の食事は労働者たちからは失われた。

b.医療・衛生

医療は19世紀に多く邁進したが、その恩恵に預かれるのは医者にかかることができ、その時間も有る中流階級以上のものだった。下流階級では多くの民間医療が残っており、「バターと蜘蛛を一緒に食べる」などの根拠不明な医療が行われていた。衛生状態も悪くジョン・スノウの調査によれば、下水道が流入したテムズ川下流の企業から水を購入した家庭が、下水道が流入してない上流にある会社の水を買う人より14倍も(コレラによる)死亡率が高いなど、汚染は深刻なレベルであり、一般庶民は食生活のみならずあらゆる面で危険に接していた。加えて1875年の公衆衛生法で衛生状態を改善する試みが試されたが、初期の段階で恩恵を受けれたのはやはり中流階級以上であった。

 

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(当時市販されていたランベス社の水の微生物を描いた図)

この当時の「医療」による麻薬汚染もひどかったが、それについては下記の記事を参照のこと。

peoplesstorm.hatenablog.com

c.余暇

悪いことばかりを述べてきたヴィクトリア朝であるが、そんななかでも庶民に娯楽は存在した。オルガンライダーと呼ばれた人たちはオルガンによって路上で演奏し、チップを貰っていた。このようなストリート・ミュージシャンは数多くおり、写真も残されている。また、鉄道の発達は庶民でも気軽に遠出ができることを意味しており、比較的裕福な労働者は夏の間海に行って遊ぶなどの行為もできた。

しかし、多くの貧しい子供たちはおもちゃや余暇のためのお金はなかった。彼らは路地を除いて遊ぶ場所はなかったし、仕事をしなければならなかった。だけれども、貧しい子供たちは幾つか楽しいことができた。彼らは見つけられたものは何でも活用し、川で遊んだり、樹木やランプポストに登るなどの「お金の掛からない」遊びをしていたと考えられている。

 

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(1870年代に撮影されたストリート・ミュージシャン)

 

5.終わりに

本記事ではヴィクトリア朝の庶民の生活を紹介したが、この他にも多く語らなければならないことがある。それらはまた別の記事で紹介したい。メイドや執事のイメージで語られるヴィクトリア朝であるが、このように庶民にとっては非常に厳しい時代でもあった。その辛い暮らしの一部でも紹介できたらならば幸いである。

この時代にもっと興味があるならば、下記に上げたWebサイトは無料で閲覧できるのでおすすめです。

 

参考文献

ハッサル・アーサー・ヒル『食品の混ぜ物処理』

BBC - Primary History - Victorian Britain

Victorian Occupations: Life and Labor in the Victorian Period

・ヘンリー・メイヒュー『ヴィクトリア時代 ロンドン路地裏の生活誌〈上〉〈下〉』

*1:ハッサル・アーサー・ヒル『食品の混ぜ物処理』

*2:同上

『けものフレンズ』7話から見る火と調理の神話学

1.はじめに

最近ネットでけものフレンズというアニメが流行っている。私もDアニメストアで視聴しているが、ユーモラスで可愛いキャラ、そのキャラ同士のやりとり、ほのぼのした(それでいてポストアポカリプスを匂わせる)世界観…いいところを上げればキリがないのだが、ともかくハマっている。そして、先日視聴した7話では料理がテーマの回でそ、の中で火の扱いが出てきた。この描写に私は深く感動し、その感動と解説をここに書き記すものである(大袈裟)。

2.火の意味するところ

まず火なるものの意味を考えたい。たいていの文化圏では火の神話が存在する。古代ギリシャにおいて火はプロメテウスが天から盗んだ火である。北米インディアンのダコタ族では最初の火は太陽であり、原始の闇にいた神々が太陽に火をつけたのだという。クック諸島では、マウイ神が地中深くに降りて火を齎した。オーストラリアのある原住民は、神聖なるトーテムの動物のペニスに火が隠されているのを見つけた。

つまり、火とは神や聖なるものからもたらされるものなのである。神話学では「誰にでもその人だけのプロメテウスがいる」という格言があるくらいのように、火とは恩寵的なものである。このように火は一種神聖なものであると同時に、貴重なものである。神話学者であるフレイザーはこのように言う。

ヴィクトリアの原住民族のいくつかは、一つの伝承をもっている。――火はできるだけ用心して使われなければならないが、それはグランピア山脈に住むカラスに独占されていた。そして、カラスは、火を非常に貴重なものに思っていたので、ほかの動物は、それを手に入れることが許されなかった。しかし、ユーロイン・キーアという一羽の小鳥――火の尾をもったミソサザイ――は、カラスがつけ木を振りまわして楽しんでいるのを見て、その一つをくちばしにくわえて逃げた。タラクックという一羽のタカが、ミソサザイからそのつけ木をとりあげ、国のあちこちに火をつけた。その時以来、火は常に、燃えつづけており、その火から、人間はあかりを得ている。*1

このように火は非常に大事なもので、神話には「火を盗む」というストーリーが数多く有る。具体例をあげればヴィクトリアの最南東部にあるギプスランドの神話などであるが、とにかく火は貴重であり、独占するほどの大事なものであり、神から与えられ、そして人の持つ火はその独占する何者からか奪取したものである。加えて、独占していたとされる動物は引用した事例のようにカラス、ミソサザイや雀など鳥類が多いのである。

では7話ではどうだったであろうか。サーバルちゃんは「火ってみつかった?」とかばんちゃんに尋ねる。「教授」と「助手」のミミズクたちは「火はおいそれと渡せない」という。つまりけものフレンズの世界において火は「探す」もの、「授けられるもの」であり、それを独占するのがミミズク=鳥たちなのである。これは神話における火を独占する鳥たちの構図をそのまま描いている。加えて、サーバルちゃんが火を探したように、けものフレンズ世界では火とは「着ける」ものではなく「既に授けられたものを使う」のであり、これは神からもたらされた火を使う(神話における)人類と同様である。彼女らにとって火は神のような存在から齎される神聖なものであり、自ら着火するという概念がないのである。「(彼らにとって)火はとても神聖なものだから、自分で起こすことなど考えられない」*2のである。実際、タスマニアアンダマン諸島ニューギニアの部族は火が消えると近くの部族を訪ねていき火を分けてもらう。神聖な火は起こすものではなく、「授かる」ものなのだ。

そして、動物たちは「神」たる自然から齎された火で調理する。

 多くの動物は自然発火の残り火に集まり、焼けて食べられるようになった種や豆を探す。(…)充分な知能を持つ器用な動物にとっては、焼き尽くされた森林に特有の灰の山や燃え残った倒木の幹は天然のかまどのようなもので、噛み砕けない豆やかたくて噛めない肉を調理できたと思われる。*3

 動物が火を恐れるというのは一種の空想もあるのだが、実際は自然発生した=神からの火を彼らは利用して、食べ物を食べるのに役立てている。

かばんちゃんは火を独占するという意地悪をする鳥(ミミズク)たちから火を奪うのではなく、自ら虫眼鏡を用いて着火することに成功する。

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けものフレンズの中では火を起こしたことでかばんちゃんは神話における神と同一の地位にまで上り詰めた。神話においては、動物が独占する火を奪ったり、神から齎されるものであるが、かばんちゃんは自ら火をおこし、「ヒト」としての器用さを見せると同時に、神話的構造に組み込まれたのである。けものフレンズ世界において、かばんちゃんの立ち位置は神話における神々と同様の位置であるのだ。

まとめると、火とは神話において神々や聖なるものから齎される恩寵であった。そしてそれらはしばしば一部の動物たちに独占されていた。それを奪うことで人類は火を手に入れた。神聖な火を自分で起こすなどフレンズは考えられなかった。一方かばんちゃんは鳥たちが独占する火を奪うのではなく、自ら火をつけることで自分自身が神話構造における神や聖なるものの地位まで上り詰めたのと同時に、火を利用する人間としての叡智を見せつけたのであった。かばんちゃんはけものフレンズの世界では神でもあり人でもある。この構造を丹念に描いたけものフレンズ7話は非常に興味深い回であった。

3.調理の意味するところ

先に述べたように動物も自然発生した火を用いて一種の調理をする。しかし、「煮る」行為をするのは人間だけである。そしてうまく火を自由自在に使いこなせるのも人間だけである。

かばんちゃんはカレーを製作していたが、その材料にじゃがいもも存在した。じゃがいも=デンプンの調理は、調理の本質をよく物語っている。デンプンは有史以来ほとんどの時代で人類のエネルギー源であったが加熱調理しないと効率が悪い。加熱すると、デンプンは糖に分解される。じゃがいもを煮るというデンプンの調理は素朴なものに見えて、人類における叡智たる科学的歴史の一分野を飾っているのである。

火はこのようにヒトの持つ叡智を語るのと同時に、社会的なものである。火は原始的な道具では起こすのが大変なので、一度起こした火は大事に保管される(まさしく聖火のように)。このために人は火の番を交代にするようになった。また火には社会的磁力が有る。火は食事をするために必要なので、必然的に人間は決まった時間に決まった場所で(=火の周りで)食事をするようになった。「(火を獲得する前は)集団で食事をする理由はほとんどなかったと考えていいだろう。集めた食べ物はその場で食べることもできたし、隠しておいて好きなときに食べることもできただろう。」*4火は火の周りに共同体を作り上げる機能を齎した。火=調理を中心に人は生活するのである。火による調理は食べ物の価値を押し上げ、食事は犠牲の共有、親睦、儀式の場となった。Focus(フォーカス、中心)という言葉のもともとの意味は「炉」である。人は炉の周りに集うようになったのだ。

 

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焚き火を囲む人々

peoplesstorm.hatenablog.com

 また、上記に上げた記事で述べる通り、火を用いて発展した食事は食の魔術を生み出した。多くの食べ物は火と結びつき魔術的意味を持った。ガストン・パシュラールはこう回想する。

火は、自然の存在というよりも社会的な存在だ。私は火を食べた。その黄金色を食べ、香りを食べ、ぱちぱちするその音さえも食べていた。(…)火はその人間性を証明する。火はただ焼くだけではなく、ビスケットをさくさくとした食感にし、黄金色にする。火は人間の祝い事に具体的な形を与える。

火と調理は密接に結びついている。 火をうまく扱えるのは人間だけである。調理という集団で行う社会活動は人の特徴である─実際かばんちゃんはサーバルちゃんと共同して調理をした。劇中、鳥たちは調理をかばんちゃんにせがんだ。当たり前であろう、調理とその付随する多くの意味をうまくこなせるのは人の特権なのだ。レヴィ=ストロースは調理には「容器、つまり文化的なものを使う必要がある」と考えた。鍋一つにとっても人間特有の調理の証であり、それは文化的なものなのである。

ここまでを約言すると、火を調理に結びつけてうまく扱えるのは人間だけである。調理は科学的でもあり、また魔術的な意味までを持つ。調理は文化的なものであり、人間の証明でもある。鳥たちがかばんちゃんに調理をお願いしたのも無理がない。調理とは人間性の極限の発露でもあるのだ。

4.おわりに

火と調理という究極的に人間的なものを描いたけものフレンズ7話は傑作であった。かばんちゃんは火を自ら起こし、神となるのと同時に人間であることを証明した。また調理という科学及び文化活動を通して、人間的なものとはいかなるべきかを視聴者に刻みつけた。けものフレンズ7話はこの意味で歴史に残る名作となるであろう。

けものフレンズをまだ見てない皆さんはこちらをどうぞ

 

 

5.参考文献

・J.G.フレイザー著『火の起源の神話』

・フェリペ・フェルナンデス=アルメスト『食べる人類誌』

*1:J.G.フレイザー著『火の起源の神話』

*2:フェリペ・フェルナンデス=アルメスト『食べる人類誌』

*3:同上

*4:同上